こんにちは。行政書士/社会保険労務士の石濵です。今回は経営者がすべきハラスメント対策の第3弾としてマタニティハラスメント(以下、マタハラと記載)について解説いたします。マタハラはパワーハラスメント(以下、パワハラと記載)、セクシャルハラスメント(以下セクハラと記載)と併せて職場の3大ハラスメントと呼ばれることもあります。
まず、マタハラの定義についてですが、一応の共通認識として“妊娠、出産、育児に関するハラスメント全般”ことを指します。ですが、きちんとした定義づけはできておらず、パワハラやセクハラと同じように「この程度でもセクハラに当たるのか」「これくらいじゃパワハラにはならないよ」といった議論がなされています。
実生活において、例えば電車内などで子供が騒いでいるのを見かけ、「子供がうるさい!一体親はどういう教育をしているんだ」と問い詰めたり、つわりがひどくて優先席に座っている人に対して「妊娠は病気じゃありません。優先席に座らないでください!」と注意したり、といったことはマタハラにあたるのか当たらないのか議論が分かれるところです(私はいずれもマタハラに該当すると思うのですが・・・)。
結局のところ、世間一般に言われているマタハラというのは程度問題的な要素が多分にある為、定義づけがなかなか困難となっています。
ただし、職場でのマタハラに関しては厚生労働省が主体となって「職場における妊娠・出産・育児休業等に関するハラスメント」としてしっかりとした定義づけや対策をし、国や労働局、事業主などが取り組まなければならないことを定めています。今回はそのあたりを詳しく見ていきましょう。
マタハラ防止法から見るマタハラの定義
何をしたらマタハラになるの
まずは、マタハラを防止に関する法律についてチェックしましょう。一般的にマタハラ防止法と呼ばれるのは、以前セクハラ防止法でも紹介した男女雇用機会均等法及び育児・介護休業法となります。いずれの法律もマタハラのみを扱った法律ではありませんが、該当条文は厚生労働省の行っているマタハラ対策の基礎となるものになります。
それでは条文をチェックしましょう。まずは男女雇用機会均等法の関係条文(一部要約抜粋)です。
男女雇用機会均等法 第11条の3
(職場における妊娠、出産等に関する言動に起因する問題に関する雇用上の措置等)
事業主は、職場において行われるその雇用する女性労働者に対する当該女性労働者が妊娠したこと、出産したこと、労働基準法第65条第1項の規定による休業(産前休業)を請求し、又は同項もしくは同条第2項の規定による休業(産後休業)をしたことその他妊娠又は出産に関する事由であって厚生労働省令で定めるものに関する言動により当該女性労働者の就業環境が害されることのないよう、当該女性労働者からの相談に応じ、適切に対応するための必要な体制の整備その他の雇用管理上必要な措置を講じなければならない。
この条文によると①職場において行われること、➁雇用する女性労働者に対する、その女性が妊娠したこと、出産したこと、産前産後休業を請求、取得したこと、その他妊娠出産に関する事由のであること、③当該女性の就業環境が害されることの①➁③をいずれも満たしたものをここでのハラスメントと定義した上で、事業主は必要な措置をしなければならないとあります。
さらに育児・介護休業法の関係条文(一部要約抜粋)をご確認ください。
育児・介護休業法 第25条
(職場における育児休業等に関する言動に起因する問題に関する雇用管理上の措置等)
事業主は、職場において行われるその雇用する労働者に対する育児休業、介護休業その他の子の養育又は家族の介護に関する厚生労働省令で定める制度又は措置の利用に関する言動により当該労働者の就業環境が害されることのないよう、当該労働者からの相談に応じ、適切に対応する為に必要な体制の整備その他の雇用管理上必要な措置を講じなければならない。
この条文によると①職場において行われること、➁雇用する労働者が育児休業、介護休業その他の子の養育又は家族の介護に関す恵右厚生労働省令で定めるような制度又は措置に関する事由であること③当該労働者の就業環境が害されることの①➁③をいずれも満たしたものをここでのハラスメントと定義した上で、事業主は必要な措置をしなければならないとあります。
なお、マタハラは妊娠、出産、育児に関するハラスメントと言われているため、上記例の介護に係る内容はケアハラスメント(以下、ケアハラと表記)としてマタハラとは別に語られる場合もあります。
就業が害されることってなに
上記の関係条文で男女雇用機会均等法、育児・介護休業法共に労働者の就業環境が害されることがマタハラの条件の1つとなっていることが読み取れました。
労働者の就業環境が害されるとはどのようなことを言うのでしょうか。
①制度等の利用への嫌がらせ型
産前産後休業や育児休業の申請、取得等の男女雇用機会均等法や育児介護休業法等で定められた制度の利用に際して、上司などに「育児なんかで休みを取るなら会社を辞めろ」「男で育児休暇取得なんてしたら絶対に昇進させない」等、法律によって保障された制度の申請、取得がしにくい、又は申請、取得してしまうと実質的な不利益がある等のハラスメントです。
②状態への嫌がらせ型
労働者が妊娠、出産等によって実際に就業することが出来なかったり業務内容を変更せざるを得ない等の状態になったことに対するハラスメントです。
例えば「妊娠した人は会社を辞めるルールなんだから早くやめてね」「妊娠した人は労働力の計算ができないからパートにするよ」などの対応が該当します。
事業主がマタハラ対策としてしなければならないこと
マタハラ対策として法律や指針によって事業主にマタハラ対策を実施することが義務づけられています。一度参照した条文ですが、再度ご確認ください。
男女雇用機会均等法 第11条の3
(職場における妊娠、出産等に関する言動に起因する問題に関する雇用上の措置等)
事業主は、職場において行われるその雇用する女性労働者に対する当該女性労働者が妊娠したこと、出産したこと、労働基準法第65条第1項の規定による休業(産前休業)を請求し、又は同項もしくは同条第2項の規定による休業(産後休業)をしたことその他妊娠又は出産に関する事由であって厚生労働省令で定めるものに関する言動により当該女性労働者の就業環境が害されることのないよう、当該女性労働者からの相談に応じ、適切に対応するための必要な体制の整備その他の雇用管理上必要な措置を講じなければならない。
育児・介護休業法 第25条
(職場における育児休業等に関する言動に起因する問題に関する雇用管理上の措置等)
事業主は、職場において行われるその雇用する労働者に対する育児休業、介護休業その他の子の養育又は家族の介護に関する厚生労働省令で定める制度又は措置の利用に関する言動により当該労働者の就業環境が害されることのないよう、当該労働者からの相談に応じ、適切に対応する為に必要な体制の整備その他の雇用管理上必要な措置を講じなければならない。
男女雇用機会均等法、育児・介護休業法いずれにおいても労働者(女性)からの相談に応じ、適切に対応する為に必要な体制の整備その他雇用管理上必要な措置を講じなければならないとなっています。
これだけだと漠然としていてわかりにくいのですが、厚生労働省の指針(平成28年厚生労働省公示第312号、令和2年厚生労働省公示第6号)によって具体的な内容が保管されています。
①事業主の方針等の明確化及びその周知、啓発
事業主は、その職場でのマタハラ防止、抑止に関する方針を定め、その方針を周囲に周知啓発しなければなりません。具体には以下の対応が必要となります。
- 職場におけるマタハラの内容(どのようなものがマタハラに当たるか等)及び当該職場でマタハラを行ってはならない旨の方針を定め、それを明確化すること
- 職場でマタハラと認められる者を厳正に処分する旨を方針とした内容を就業規則等に規定して、その内容を周知啓発すること
となっています。
➁相談、苦情に応じ適切に対応する為に必要な体制の整備
マタハラに関する相談及び苦情の窓口を設置する必要があります。また、単に窓口を設置して終わりではなく、窓口は以下の内容を満たす必要があります。
- 相談及び苦情の対応のための窓口を定め、労働者に周知すること
- 1の相談窓口の担当者が相談に対し適切に対応できるようにすること
ここでの窓口は自社で運営する窓口であっても別の業者が運営する窓口であってもかまいません。社労士やカウンセラーのような特別な資格者の必置義務等もありませんので自社で運営することも十分可能です。
ただし、2の後半部分の規定を満たすために、窓口担当者への十分な教育は必要不可欠となります。厚生労働省の指針によると“窓口相談において、被害を受けた労働者が委縮するなどして相談を躊躇する例もあることを踏まえ、相談者の心身の状況や当該言動が行われた際の受け止めなどその認識にも配慮しながら職場における妊娠、出産等に関するハラスメントが現実に生じている場合だけでなく、その発生の恐れがある場合や職場における妊娠、出産等に関するハラスメントに該当するか否か微妙な場合であっても広く相談に対応し、適切な対応を行うようにすること”と規定されています。
さらに具体的な例として
- 相談窓口の担当者が相談を受けた場合、あらかじめ作成した留意点などを記載したマニュアルに基づき対応すること
- 相談窓口の担当者が相談を受けた場合、その内容や状況に応じて、相談窓口の担当者と人事部とが連携を図ることができる仕組みとすること
- 相談窓口の担当者に対し、相談を受けた場合の対応についての研修を行うこと
などが挙げられます。これらはあくまでも一例であり、「必ず人事部と連携を取らなければ」みたいなものではありません。ただし、「相談窓口を設置したからあとは何もしなくてよい」とはならないので注意が必要です。
③職場における妊娠、出産等に関するハラスメントに係る事後の迅速かつ適切な対応
ここでは実際に職場における妊娠、出産等に関するハラスメントが実際に発生してしまった後に事業主がどのように対応すべきかが規定されています。相談窓口で相談窓口担当者が第一次対応をし、その横断で得た情報をもとに、実質的な責任者である事業主の指示をうけ、適切な対応をとる必要があります。
具体的には以下のような対応となります。
- 事案に係る事実関係を迅速かつ正確に確認すること
- 事実関係を確認後、当該事案が職場における妊娠、出産等に関するハラスメントに該当すると確認できた場合には速やかに被害を受けた労働者に対する配慮のための措置を適正に行うこと
- 職場における妊娠、出産等に関するハラスメントに該当することが確認できた場合にはそのハラスメントの行為者に対する措置を適正に行うこと
- 当該事案が職場における妊娠、出産等に関するハラスメントと確認できた場合、又は確認できなかった場合いずれも自社の職場における妊娠、出産等に関するハラスメントに係る方針を再周知、啓発等の再発防止に向けた措置を講ずること
まだ少し理解しにくい部分があるのでもう少し詳しく見ていきます。
1は、実際に相談を受けた窓口担当者や人事部門の担当者などが被害者及び行為者いずれからも事情を確認し、場合によってはそれ以外の第3者にも話を聞いた上で事業主の責任下において事実関係を判断することとなります。
ただし、判断が非常に難しいケースも容易に想像できるため、判断がつかない場合はマタハラに詳しい社労士や弁護士の意見を参考にするのもよいかもしれません。また、男女雇用機会均等法第18条、第18条の2及び育児・介護休業法第52条、第52条の2で都道府県労働局長の判断もしくは労働者からの申請によって紛争解決のための調停を行うことができる規定を設けています。そちらを利用して第3者の判断を仰ぐという手もあります。
2は、被害者のメンタル面のケアももちろん大切になりますが、その後の業務環境の改善にも力を入れなければなりません。事案後、被害者が希望するのであればできる限り就業場所や指示体系を行為者と分離するなどの対策が効果的です。また、同じ部署や隣接部署で業務せざるを得ない場合には環境を整備した後に行為者に謝罪を促したり、両者わだかまりなくその後の業務ができるように関係改善の場を設ける等が考えられます。
いずれにしても被害者が働きやすい環境をつくることが大切です。
3は、行為者が例えば重役だったり、担当部署のエース格であったとしても就業規則又は服務規程等にあらかじめ定められた職場における妊娠、出産等に関するハラスメントに対する措置の規定通りの対応を実行することが求められています。行為者のポストや業務遂行能力等によって当該ハラスメントに対する規定の適用が変わるようなことはあってはなりません。
4は、再度の従業員教育を求めた内容です。再教育は当該事案が職場における妊娠、出産に関するハラスメントに該当するかどうかにかかわず実施されなければなりません。仮に職場における妊娠、出産等に関するハラスメントとは言えない内容であったとしても、少なくとも行為者と被害者の間で何らかの相容れない事柄があったことは明確なので、同様の事案が再発しないようにしなければなりません。
④その他①➁さんと併せて講ずるべき措置
①➁③に加え、事業主は以下を実施しなければなりません。
- 事案の行為者、被害者のプライバシー保護に関する必要な措置及び当該措置を実施することの労働者への周知
- 労働者が相談窓口に相談したことや、当該事案解決の為に事実を述べたこと(例えば盗撮の事実を認めた等)又は労働局等の行う措置(助言、援助、調停等)を利用したことを直接の理由として、解雇その他労働者に不利益を行わない旨の定め及びその定めの労働者への周知
1は、具体的には「どうやったら行為者、被害者のプライバシーを守れるか」ということを事前にマニュアル化し、相談窓口へ周知しておくことや、社内外に当該プライバシーを守る措置をしていることを周知することが必要となります。
今回は以上となります。ご覧いただきありがとうございました。