こんにちは。行政書士/社会保険労務士の石濵です。今回はサラリーマンの方が受け取る賃金支払いのルールに関する解説をします。
サラリーマンの方々は会社に労働力を提供し、その見返りとして賃金を得て生活を営んでいます。逆に言えば会社が賃金を支払わなければ、ほとんどのサラリーマンは生活を営むことができません。ですが、労働力を提供しているにも関わらず正当な賃金を得ることができないケースが多々存在し、私たち社会保険労務士にも相談があります。
賃金ってなに
まず、賃金の定義について解説します。賃金の定義は労働基準法第11条に以下のように記載されています。
労働基準法第11条(定義)
この法律で賃金とは、賃金、給料、手当、賞与その他名称の如何を問わず、労働の対償として使用者が労働者に支払うすべてのものをいう。
引用元:労働基準法
ここから読み取ると、賃金とは基本給となる月給、日給、時給のみではなく労働契約又は就業規則に支払いが定められている労働の対価すべてが賃金であるということになります。例えば時間外労働や休日出勤をした際に支払われる金銭や食事補助として支給される金銭も賃金ということになります。
逆説的に、労働契約や就業規則に支払いが確約されていない、日々の労働に報いる恩給のような形で支払われる賞与や退職金は賃金とはみなされない可能性があります。
賃金支払5原則
賃金を支払う際のルールとして“賃金支払5原則”といわれるものがあります。根拠となるのは労働基準法24条で、この条文内に5原則すべてが盛り込まれています。まずは条文を確認しましょう。
労働基準法第24条(賃金の支払)
賃金は、通貨で、直接労働者に、その全額を支払わなければならない。ただし、法令若しくは労働協約に別段の定めがある場合又は厚生労働省令で定める賃金について確実な支払の方法で厚生労働省令で定めるものによる場合においては、通貨以外のもので支払い、また、法令に別段の定めがある場合又は当該事業場の労働者の過半数で組織する労働組合があるときはその労働組合、労働者の過半数で組織する労働組合がないときは労働者の過半数を代表する者との書面による協定がある場合においては、賃金の一部を控除して支払うことができる。
引用元:労働基準法
では具体的な5原則を解説します。なお、すべての原則にはありがいがありますのでそこも併せて紹介します。
通貨払いの原則
賃金は通貨で支払わなければいけません。よく時代劇に出てくる年貢のように米で支払うことはできませんし、商品券でもいけません。また、小切手による支払いも認められていません(退職手当は高額になる恐れがあるため、例外的に認められています)。
ここで言う通貨は、別の法律である”通貨の単位及び紙幣の発行等に関する法律”の第2条に定めがあるように単位は「円」でなければいけません。
通貨払いの原則の例外
この原則の例外として次のものが挙げられます。
- 法令に別段の定めがある場合
- 労働協約に定めのある場合
- 厚生労働省令で定める賃金について確実な支払いの方法で定めるものによる場合
2の労働協約とは、使用者と労働組合との約束事の事です。労働組合に属していない労働者にはこの効力は及びません。また3の具体例としては労働者の指定する口座への振り込みが挙げられます。
賃金直接払いの原則
賃金は、労働者に直接支払わなければいけません。例えば労働者が借金をしている場合、労働者に賃金を払うのではなく債権者に直接支払うことは禁止されています。また、労働者の親や兄弟に対しても同様です。
賃金直接払いの原則の例外
この原則の例外として、以下のものが挙げられます。
- 労働者の使者に支払う事
- 派遣労働者に対する賃金を派遣先を通じて支払う事
1は労働者に依頼された人が受け取りだけを行うケースを想定しています。賃金直接払いの原則で禁止されていた親への賃金支払いであっても、本人から受け取りを依頼されているのであれば問題ありません。但し、あくまでも使者ですので依頼されている事以上のことはできません。
2も1と同様、派遣先が派遣元に依頼されて預かった賃金を手渡すだけであれば問題ありません。
賃金全額払いの原則
賃金は、その全額を支払わなければいけません。例えば懇親会費や教育費などの名目で会社が金銭を徴収する場合に、賃金を支払う段階で会社が天引きしておく等は当原則に違反しています。
また、使用者が労働者に対して何らかの債権を持っている場合、その債権を賃金と相殺することも当原則に違反することとなり許されません。但しこのケースでは労働者の同意があれば可能となります。
賃金全額払いの原則の例外
この原則の例外として以下のものが挙げられます。
- 法令に別段の定めのある場合
- 労使協定の在る場合
1は、所得税や社会保険料の源泉徴収などが該当します。また2は例えば懇親会費や教育費などを会社が徴収する場合に労使協定があれば本来禁止であった天引きが可能になるという意味です。
賃金毎月1回以上払の原則 賃金一定期払の原則
ここでは2つの原則を一度に説明します。賃金は毎月1回以上、一定の期日を定めて支払わなければいけません。例えば年俸制を採用している会社があっても、1年に1回年俸分の金額を支払うという運用は許されません。少なくとも12回に分け、毎月1回定期的に賃金を支払う必要があります。
賃金毎月1回以上支払の原則 賃金一定期払の原則
この原則の例外として、以下のものが挙げられます。
- 臨時に支払われる賃金
- 賞与
- その他これに準ずるもので厚生労働省令で定める次の賃金
- 1か月を超える期間の出勤成績によって支給される精勤手当
- 1か月を超える一定期間の継続勤務に対して支給される勤続手当
- 1か月を超える期間にわたる事由によって算定される奨励加給又は能率手当
ここでの例外はどれも毎月支払われるようなものではなく、特別な理由があって支払われる類の賃金ですね。
賃金支払い5原則の罰則
この賃金支払い5原則に違反した場合は30万円以下の罰金という大きな罰則があります。ですが、ルールとして決まっていても賃金が支払われないケースがあり、労働者から社会保険労務士への相談も非常に多いとのことです。
未払賃金立替払事業
賃金未払いの理由の一つとして会社の破産があります。会社が破産してしまうとほとんどのケースで「無い袖は振れない」となってしまいがちで、その場合は満足に未払い賃金を受け取ることができません。但し、その破産した会社が労災保険に加入している場合は全額ではありませんが政府より未払い賃金を受けることができます。
未払賃金の立替払を受けることができる場合
次の条件のいずれも満たす場合は政府より未払賃金の立替払を受けることが可能です。
- 1年以上の期間にわたって労働者災害補償保険の適用事業(一部を除く労働者を使用する事業ほぼすべて)に該当する事業の事業主が破産手続きの決定を受け、その他政令で定める事由に該当することとなったとき
- 当該事業に従事する労働者で政令で定める期間内(破産手続開始等の申出があった日などの6か月前の日から2年間)に該当事業を退職した者にかかる未払い賃金があること
1は会社が設立してから1年以上経過している労災に加入している会社の従業員が対象であるという事、2は破産手続き前6か月及び破産手続き後1年6か月に辞めた人が対象であるということが記載されています。
また、必ずしも法律上の破産である必要はなく、会社が運営を行わず再開の見込みもない、いわゆる”事実上の破産状態”になっている場合でも立替払いを受けることが可能です。その場合は労働基準監督署長の認定が必要となります。
立替払いされる金額
この制度を受ける資格がある方でも賃金の全額の立替支給が受けられるわけではありません。原則として未払い賃金の総額の100分の80相当です。また計算の基礎となる未払い賃金にも上限があります。詳しくは以下の表をご確認ください。
※未払い賃金の総額が2万円未満の場合は立替支給を受けることはできません。
なお、この制度は賃金に該当するのであれば退職手当等も含まれます。ですので破産した会社から複数月にわたって給与の支給を受けていない場合は未払賃金の総額に対して非常に低い割合でしか支給を受けることができません。やはり賃金は原則通り毎月支給を受けなければならず、会社から給与遅延の通知等があった場合はその後の対応を検討する必要が出てきます。